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自分にとって足りない物

5月 10th, 2015

自分に足りない物ってなんでしょう。外見ではなくて中身で。外見だとほら、もっとグラマーな体つきが欲しいとかメリハリが無いとかきりがないし、もっと大人の考えとして、人として足りない物の事です。優しさとか思いやり、知識や感情のコントロール、謙虚でありながらも自信を持つことも大事だと思うし、大らかに物事を受け入れる事が出来るのもすごく良いと思います。あきらめがいいのもいいけれど、もっと我慢強くいないといけない時は根を詰めて頑張ったりするべきだと思う。もっと向上心があればなと思う事もたくさんあります。もっとたくさん本を読んだり新聞に目を通したり、自分には必要ないと思っているような知識でもいつかは役に立つか知れないし、どこかで誰かの為になるかもしれません。あとはそうだですね、人と上手く付き合っていくスキルとか。家族と、友達と、会社の人と、近所の人と、生活していればだれか必ず回りにいるものです。自分では上手くやっているつもりで、友達とかで更に上手の人を見るとやっぱり自分はまだまだ学ぶべき事がたくさんあるなと思い知らされます。でもどんな事に対しても、きっと満足出来る事は無いと思います。もっと上を目指して行こうと思えば終わりがないからです。毎日少しずつでもいいので、自分に足りない物を補えていけたら良いと思います。

信じるものは救われる信念

4月 25th, 2015

自分が不幸だ!絶望のどん底だ!と思う時は誰にでもやってきます。失恋した時、失業した時、落ち込む理由は人それぞれ。落ち込む度合いも人それぞれです。でも落ち込んでもやもやするより、人を羨んでねたんでねちねちするより、そんな気持ちは置いておいて自分の好きな事をする時間に当てようと思っています。大好きな本を読んだりテレビを見たり、大好物のラーメンを食べに出かけたりケーキを買いに行ったり。本屋で心和む犬の写真を見たり、雑貨屋さんで、あれを買ってこれを買ってあんな風に部屋飾り付けてみたいと夢見たり。マイナスの心は誰にとっても良くないと思うんですよね。なのでそんな気持ちに時間を割くなら自分の好きな事を思っていたい、そう思いません?怒っている人、いらいらしている人ってどことなく目が釣りあがっているように見えたり、逆に温かい気持ちを持ってる人のオーラって優しそうだしとっつきやすい。自分もそう思われるようになりたいんです。そう思ったからといって幸せになれるとは限りませんが、きっとその先には良い事があると信じてます。信じるものは救われるんです。人生後ろ向きな事もあるけれど、前向きな事が多いほど人としていい意味で大きくなれそうです。

お花見の思い出

4月 9th, 2015

毎年春になると、ふらふらとお花見に出掛けたくなります。ちょうど花粉症の時期に重なることもあって、グスグスと鼻をすすりながらも、舞い散る花びらを頭上に仰ぐことはこの上ない幸せなことのように思うのです。
あれは、そう、数年前のお花見でのことです。某桜の名所の屋形船に乗せてもらえるというので、喜び勇んで行ってまいりました。船に乗るというのは不思議な感覚を呼び起こすものですね。確かに足は固くしっかりしたものを踏みしめているのに、ふわふわとした浮遊感もまた同時に感じられて、いかにも日常から切り離された感があります。
金箔入りの日本酒や、道明寺餅などをまったりといただきながら、川面も空も、薄紅色で華やかに染まった中を下ってゆきました。何だか夢か小説の中の景色のようで、雅やかでとても美しかったことを覚えています。ああ、日本人に生まれて良かった、なんて。
そういえば、『いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな』なんて和歌がありますね。当時の帝に献上された八重桜に託して御代の栄華を褒め称えた歌だそうですが、薄紅色の豪華絢爛な光景がぱっと眼前に広がるようで、とても好きな和歌です。
古来より日本人に愛されてきた桜。あの色に包まれに、また行ってみたいですね。

傘に関する小説

3月 25th, 2015

先日、新しい傘を買いました。16本骨の丈夫なもので、かなり大きめです。私は傘を差すのが得意でないので、そういうものでないとすぐに壊してしまったり、身体が濡れてしまったりします。
そういえば先日、この【傘】が非常に印象的な児童小説を読みました。小さな男の子が生前のママからもらったものなのです。色は赤。雨の日はその柄をいつもギュッと握って、ママに守ってもらっているのですね。ところがそこに悪者が来て……というストーリー。
物を擬人化するのはよくある話ですが、アイテムや色の選択と言い、細い柄にすがりつく小さな男の子のイメージと言い、よくできていると感じました。
普段使いの小物には、その人の性格が現れていることが間々ありますよね。お仕着せのものでも、その人なりにアレンジしたり、手入れの頻度や方法が少し違うだけで見た目にだいぶ差異があるように見えたりなど。だからこそ、人格を投影しやすいと言いますか、擬人化しやすくなるのでしょうね。
その男の子は物語の中で成長し、やがてママに守られるだけのか弱い存在ではなくなっていきます。でも、玄関先の傘立てには、いつもその鮮やかな赤が映えているのです。大好きな小説がまた1つ増えました。

友人の誕生会

3月 10th, 2015

先月、仲間の1人が誕生日を迎えました。とりあえず皆で集まってケーキでも食べようという話になり、お菓子作りの得意な友人が手作りしてくれることになりました。材料費は主賓以外の者が均等に負担です。午前中に作って、午後からパーティをしようということになりました。
皆で手伝いに行くと、見慣れないツールがたくさんありました。お菓子作りが好きな人って、色んな方法を試しているのですね。イチゴとモモをスプーン状のツールで丸くくり抜き、イチゴに出来た穴にくりぬいた球状のモモを嵌め込むと――小人の頭部の土台が完成したり。ここにチョコレートや食紅などで顔を描き込むのですね。
テンパリングしたホワイトチョコレートは薄くのばしてプレート状にし、転写シートを使って主賓の好きなキャラクターをプリント。その隅に、めいめいでメッセージを書こうという話になったのですが、慣れない者にチョコペンは鬼門でした。余ったチョコレートで練習したら、ほとんどの者が微妙な出来になってしまい、却下と相成りました。
そんなこんなで、とってもメルヘンなバースデーケーキが完成しました。後は会場となった家で主賓の到着を待つばかり。クラッカーで出迎えてケーキを見せると、彼女はとても喜んでいました。相手の負担にならない程度の金額のプレゼントを渡し、ゲームをして、映画でも小説でもキャラクターでも、何でも好きなことを喋って……とても楽しかったです。

ウォーキングシューズ

2月 23rd, 2015

朝活がてら早朝の散歩を日課にしているのですが、適当な靴を選んで歩いていたら、足の皮が剥がれて真っ赤になってしまいました。私の足は甲の幅が広いのですが、それに対して幅の狭い靴を履いていたのが原因のよう。単なる靴擦れだろうと思って放っておいたのですが、思っていた以上にダメージを食らっていたようで、しばらく散歩はおやすみすることに。
仕方がないのでウォーキングシューズを購入しました。最初からそうしておけばよかったですね(苦笑)。店員さんに見立ててもらったシューズなので、サイズはばっちり。足へのダメージも少なく、とても歩きやすいシューズを手に入れることができました。歩きやすい、ってとても大事なことだったのですね。自然と身体が前に出て行く感じです。もっと歩こう、もっと歩こう、って。
そのシューズを履いての初めての散歩は2時間に及びました。さすがにちょっと疲れたのですが、とても楽しかったです。気分も爽快。散歩の後は小説を堪能することに決めているのですが、いつも以上に集中できていたように思います。
足を動かすことは脳の血流量を増やし、ボケ防止になる、と言いますよね。もしかして、合わない靴を履くことでかなり損をしていたのかも。形から入ることも大事なのですね。

同性として、異性として

2月 6th, 2015

ファッション誌に載っている女性作家のコラムが楽しみです。生活のヒントになることもあれば、面白い小説を紹介してもらえることもあるので、ファッション誌を買ったらまずそこを読みます。
私も生物学上は一応女なので(笑)女性の作家の方が共感しやすいな、と思うことがあります。細かな心の動きを追っていくような小説や、感情を全面に出して読者を巻きこむような小説の場合、同性だからこそ理解できる、共感できる――というような部分が必ずあると思うんですね。
ですので、男性作家が書いたそのような小説を読む場合、ちょっと気合いを入れます。男性なら理解できる、共感できる部分って、私からするとちょっと閉鎖的な印象を受けます。あくまで私の場合は、ですよ。例えるならそう……イギリスの会員制クラブを窓の外から指をくわえて眺めているような気持ちになります。でもそこがステキ、憧れる!という気持ちもあります。そしてそれは【理解】や【共感】ではない。
小説の読み方、楽しみ方は人それぞれですよね。でも、私としては、できれば【同性】としても読みたいわけです。【異性】としての楽しみ方も、【同性】としての楽しみ方も、両方欲しいのです。
ですので、件のような小説を読む場合は、集中力を高めてじっくりじっくりと精読します。疲れますが楽しいです。

大人の塗り絵

1月 22nd, 2015

書店をブラブラ歩いていて、ふと目に止まったコーナーがありました。それは大人の塗り絵特集。そういえば塗り絵は脳トレになると言いますよね。恥ずかしながら私には絵心が全くと言っていいほどないので、色を塗るだけなら気兼ねなくできそう。
というわけで練度順に1冊ずつ衝動買いしてきました。簡単なのから始めて、いつかはやたら細かい花だとか風景だとかに挑むつもり。
帰宅後、クローゼットから昔使っていた色鉛筆だとかクレヨンだとかを出して、さっそくチャレンジ。
アレですね、何か子供の頃を思い出しますね、塗り絵って。友人と肩を並べて手分け作業で1枚の塗り絵を完成させたり、取り分や色の選択を巡ってケンカになったり、どちらが巧いか、どちらの塗り方が正しいか等でまたケンカしたり……やたらケンカの思い出が蘇ってくるのですが、もしかして私ってかなり負けず嫌いだったのでしょうか。
何はともあれ、まずは1枚完成。……ビミョウ。初心者向けだけにとてもシンプルな線画だったのですが、だからこそ色を塗った本人のセンスのなさが残酷なまでに浮き彫りになります。何、この心をグサグサ刺してくる感覚。平面のくせに。
何だかとてつもなく悔しかったので、図書館で塗り絵の技法やカラーコーディネイトについての本を借りてきてしまいました。やっぱり私、負けず嫌いかもしれません。

食べ合わせとのせめぎ合い

1月 7th, 2015

夕食のメニューを考えていると、たまにそのとき読んでいた小説に引きずられることがあります。具体例を出してしまうと、「高野豆腐」。たまたまそのとき読んでいたのが、某聖地を舞台にした小説だったからなんですけど。ちなみに今では、その周辺での生産はされていないそうです。高野豆腐なのに……。
そんな調子でメニューを決めてしまって、食べ合わせがビミョウになることがあります。自分1人の食卓だったら何も問題はないのですが、同席する人がいる場合は、苦笑いされることも……。
最近は、とある料理小説から派生したレシピ本を見ながら料理をするのが楽しいです。日本の料理小説なので、材料が手に入りやすく、口にも合いやすく、レパートリーとしても取り入れやすいので、助かっています。
ただ、まあ、やっぱりそのとき読んでいた話に登場した料理が食卓に並ぶことが多いので、いろいろ間違った食べ合わせになることもあります。
栄養価的には充分なはずなのですが。料理って難しいですねー(棒読み)。そもそも小説中の料理or小説から想起される料理を食卓に取り入れようというのが間違っているのかもしれませんが。でも、何となく本文以外でも味わいたくなるのが、いい小説だと思うんです。……そういう問題ではないですかね。

かすてら食べたい!

12月 26th, 2014

気の合う友人たちとおしゃべりを楽しんでいたときのことです。そのときの話題は最近読んだ面白い小説。――だったのですが、友人の1人が、唐突にぽつりとつぶやきました。「かすてら食べたい」と。
てっきり某長崎カステラのことかと思いきや、子供の頃に読んだ絵本に出てきた、黄色い「かすてら」が食べたくなったそうなんです。私たちもその絵本は読んだことがあったので、即座にお鍋(フライパン?)いっぱいの黄色い「かすてら」の絵が思い浮かびました。
「食べたいね」「うん、食べたい」なんてだらだら話していたのですが、あの絵本には妙に食欲を喚起する力があるようですね。「いっそ作ろう!」と言い出したのはまた別の友人で。
さっそく買い出しに行き、皆できゃあきゃあ言いながら「かすてら」作りに励むことにしました。まるで学校の調理実習の時間のようです。でも、お菓子作りって難しいんですよね。料理は割と調味料の分量が適当でもうまくいくと思うのですが……。幸いにしてお菓子作りの得意な友人がいたので、彼女に監督してもらいながら、できるだけ絵本の通りに「かすてら」焼成。
結果はまぁまぁ成功。半端な膨らみ加減だったので。でも、とてもおいしくて楽しい時間でした。名作絵本の浸透っぷりはすごいですね。